2014年10月19日

御嶽山噴火

 御嶽山が噴火した。
 しかし、翌週末からも相変わらず主な山は混みあった。
 駅や高速バスターミナルでは朝早くから山の格好をした客がごった返し、登山口の駐車場は未明から満車になった。
 そんな光景を遺族、行方不明の家族の方が見たら、自分たちだけが取り残されたように感じただろう。
 あれだけの遭難事件が起きた後でも、他人はいつもの休日と同じように山に登り、何ひとつ変わりなく時間が過ぎていく。
 あの噴火さえなければ、彼、彼女もみんなと同じように山を楽しめたのだ。
 そして、登山者の多くはある種の後ろめたさを感じながらきょうも山へ向かっていく。

 せめてもの救いは、彼ら、彼女らは最期のときにひとりではなかったことだ。
 降りしきる噴石の中、防護具代わりにしたザックを隣の人に与え、与えられながら過ごしたのだ。

 遺族には噴火直後、本人からメール、電話が届き、遺品からは噴火の画像、動画が見つかった。
 そんな時間があれば、5歩でも10歩でも先に逃げておけば良かったのに。
 しかしそれは、彼、彼女の最後の意志として尊重することにしよう。
 メール、画像、動画は別の記憶媒体にコピーし、保存することにしよう。
 電話の最後の声を録音するのは不可能だっただろう。
 ただ、生の声はリアル過ぎて、何年経っても再生するのは決心がいる。
 忘れないうちに、最後の一言一言を文字にしておいたらどうだろう。

 
 行方不明者の家族にとって、捜索隊の存在は、彼、彼女と自分との精神的な架け橋だった。
 早朝、家族は捜索隊に自分たちの思いを託して見送り、戻った捜索隊からは物理的な成果がなくても彼、彼女からの思いを受け取ったことだろう。

 
 10月17日、捜索が打ち切られた。
 しかし捜索隊の体温は、今でも火山灰の中の彼、彼女にも伝わっているに違いない。
 ひょっとすると、明日あたり、玄関に彼、彼女がひょっこりと現れるかもしれない。









タグ:御嶽山噴火
posted by 高尾評論 at 23:24| 東京 ☀| Comment(0) | 御嶽山噴火 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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