2012年07月11日

下りが苦手

 普通、登りは苦しく、下りは楽だ。
 登りから下りになると、ほっとし、スピードも自然に上がる。

 だが、下りになった瞬間緊張し、時間も余分にかかる人がいる。
 いわゆる「下り恐怖症」だ。

 下半身はへっぴり腰、上半身はガチンガチンに固まっており、何でもないところで簡単に尻もちをつく。
 はたから見ると、わざと尻もちをつく歩き方をしているのだが、本人にはどうすることもできないようだ。

 靴のせいだと思って、重い登山靴に変えてもほとんど改善はしないだろう。
 靴底にいくら深い溝が切ってあっても、後傾姿勢で踵だけに全体重がかかっていれば、滑りを抑える事はできない。
 滑りは、靴の溝よりも、体重を足の上に均等に乗せてバランスをとることで防ぐものだ。

 ストックを使ったらどうだろう。
 本来は、足より下についたストックが抵抗となり、滑るのを防止するはずなのだが、それには前傾姿勢をとっていることが前提だ。
 肝心な体全体が後傾姿勢をとっていればストックの意味はなくなるどころか、ストックを持つ肩に力が入り、下山後に肩コリだけが残る。

 本来は、山登りの本に書いてあるように、上半身を楽にし、つま先から着地する要領で下ればいいのだ。
 スキー、スノボーなどは、スクールで基礎を教えてくれる。
 スクールに入らなくとも、本やビデオで滑り方を見るくらいの事はするだろう。
 それよりもはるかに人口が多い山歩きで、スクールがないのは不思議だ。
 平日の稲荷山尾根、休日の小仏城山―相模湖、明王峠―相模湖などで、ワンポイントでもいいからレッスンができないだろうか。

 いずれにせよ、山で絶対に滑らない歩き方などできないのだ。
 体の力を抜いてリラックスし、滑った時にしなやかに対処できるように楽に考える事だ。

 下りが苦手な人は、登りが苦手な人と違い、上司、先生、親である脳が、部下、生徒、子供である足のやる事を信じていない。
 足の事を信じていないとどうなるかと言うと、まずは後傾、いわゆるへっぴり腰になる。
 それでも足の事をまだ信じられない場合は、足元だけを見るようになる。
 後傾のままで足元を覗き込もうとすると、首だけを前に出すので、極端な猫背になる。

 普通の状態では、登りと比べると、下りはバランスをとるため、手は必然的に大きく振ることになる。
 休日の天気がいい日、1号路の清滝から霞台までの舗装された急坂を見ればすぐ分かる。
 下りのほとんどの人は、登りの人に比べ、手の振りを数倍大きくしながら歩いている。

 一方、稲荷山展望台の直下、ほんの20〜30mの距離だが、急で一見滑りやすそうな個所がある。
 ここになると、下りの4分の1くらいの人は、手が振られていない。
 肩に力が入り、手を振ることができないのだ。
 本来は、足を踏み出したときに出る上体のブレを、手を振ることで解消する。
 それは、足と手という、子分どおしが、脳にいちいち命令されなくてもお互い協調しあって、自然にできるのだ。
 それなのに、親分である脳が余分な介入をすることで、足と手の仲を裂いてしまっている。

 親分である脳は、本来やるべきもっと大事な仕事がある。
 それは、これから進む場所を事前にキャッチし、足に情報を送ることだ。
 そのためには、数十メートル先を読み取り、最適なルートを選択すべきなのだ。

 小仏城山から小仏峠方面に下る道で、NTTの無線中継所直下の坂は、3〜5条の道に分かれている。
 そこを、へっぴり腰で、一番急斜面を降りてくる人がいる。
 あんな下りを怖がりながら、どうしてわざわざ一番急な斜面を選ぶのか、不思議に思うかもしれない。
 じつはこれは、その怖がっている人が、真下だけを見て、前を見ていないためなのだ。

 この程度ならまだいい。

 下り坂でも、途中に分岐点がある場所はいくらでもある。
 足元だけ見て、標識を見落として道に迷う可能性は大いにある。

 また、高尾にはあまりないが、道のすぐ下が崖という場所はかなり多い。
 崖のすぐそばまで草が覆われていたとする。
 その草だけを見て、足を踏み入れたらどうなるだろうか。
 たとえ草が生えていても、路肩はもろいところが多い。
 草ごと崩れ、崖から落ちることも十分あり得る。

 これなど、木を見て森を見ず。
 慎重と言う名の危険行為だろう。


 とりあえず、自分がどのくらい後傾になっているかの確認をしておこう。

 比較的急な斜面で、足のサイズ1つ分、つまり30センチ四方だけが平らになっている個所を選ぶ。
 いつも足元ばかり見ている人なら、稲荷山あたりで簡単に見つかるだろう。

 その斜面を登り、平らなところで両足を揃えて着く。
 その姿勢を保ったまま、両足を揃えたままくるっと180°まわる。
 この姿勢が、下りでも最低限必要な体の傾きだ。

 いつも下っている姿勢よりも、かなり前のめりではないだろうか。
 だが、これは止まっている時の状態で、平地でもそうだが、歩いているときは、さらに前傾となるのが普通だ。


 もうひとつ、小仏城山から高尾山にかけての下りで試してみよう。
 比較的広い斜面で、真ん中が階段、その両側がコンクリートで固められた斜面になっているところが何箇所かある。

 まず、階段を普通に下ってみよう。
 階段は、普段下っているので、そう下手な人はいない。

 今度は階段と同じ姿勢を保って、その両側にある斜面のどちらかを下ってみよう。
 あくまでも同じ姿勢を保つことが大事だ。
 慣れてきたら、リズミカルに、階段、斜面を交互に下ってみよう。
 ここはあまり急な斜面ではないが、この姿勢を覚えて、もっと急で滑りやすい斜面でも応用できたらいい。
 
 それから、丁寧に降りることも忘れないでほしい。
 歩くのが遅いのと、丁寧に歩くのとでは、別の次元の話だ。
 下りに恐怖心を持っていると、なるべく歩数を省略して早くこの下り状態を脱しようという気持ちが働く。
 本来、下り坂も登り坂と同様、段差を少なく、舐めるように降りるべきであり、それにきちんとした姿勢が加わるのが丁寧な下り方なのだ。

 慣れてきたら、おへそを上に持ち上げるように意識すると良い。
 体幹が安定し、下りに自信がつくだろう。

 山を侮るべきではない。
 しかし山に対し、卑屈になる必要はない。
 あるときは、山に対し、毅然たる態度も必要だろう。
posted by 高尾評論 at 22:07| 東京 ☀| Comment(0) | 苦手別対処法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

登りが苦手

 重力に逆らう行為である登りは、下りよりも苦しいのは分かる。
 しかし、必要以上に登りで苦しんでいる人をよく見かける。

 それも屈強な体の持ち主である若い男の子が高尾山口からちょっと登ったお稲荷さんや1号路のジグザグの途中で、倒れ込むように、ゼイゼイ、ハアハアしている。
 
 このような人を見ると、上司、先生、親である頭の中の脳が、部下、生徒、子供である心臓や足に対し、やたらと厳しいことが分かる。
 心臓や足の適性や能力を無視し、ひたすら頑張るよう、強要するわけだ。
 
 一見貧弱なじいさん、ばあさんに抜かされると、もういけない。
「あんな奴らにどうして抜かされるのだ!」
 と、さらにピッチを上げさせようとするのだ。

 歩幅を狭くとりながら、ちまちま登っていると、
「お前、やる気があるのか!」
 と、脳から怒鳴られる。
 だから、精一杯、足を大きく上げて頑張るのだが、そんな事が長い間続くわけはない。

 そのような上司、先生、親である脳は、心臓や足に対し、むやみにはっぱをかける前に、自分のやるべきことを放棄してしまっている。
 あの一見ひ弱な、じいさん、ばあさんが涼しい顔をして登っているのなら、どうして簡単に登れるのか、観察する義務がある。
 そしてそれを、足に伝える義務がある。
 
 脳が軽蔑している老人だが、冷静に見ると、傾斜が急になるほど、小股で歩き、1歩あたりで稼ぐ標高差を極力少なくしているのが分かる。
 また、体幹がぶれることなく、常に目的の方向に向いてスムーズに上半身を移動させているのが分かる。
 鬼上司、スパルタ親は、部下や子供に根性を要求するだけであり、その結果、自分の脳が入っている頭も、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら歩くことになる。
 脳はおみこしの上に乗っているのだから、担ぎ手の足や体幹をなだめて、なるべく乗り心地の良い歩き方をしてもらい、自分も楽をして、適切な指示を出すようにしたいものだ。

 歩き方がうまい人たちをさらに観察すると、高尾山口からはゆっくりと歩き始め、体が山歩きに慣れてから徐々に本調子に持ってくる。
 ザックの背負い方ひとつとっても、若者のようにお尻に垂らすのではなく、両脇の紐をぴったりと閉め、服を着るような感じで体にフィットさせている。

 このような積み重ねが、山歩きと言う長丁場を耐える秘訣であり、指導者である脳は、今日の山歩きの配分を決め、周りの人の歩き方を見習う謙虚さがほしい。

 初めての山歩きで、心臓や足の能力が分からない場合、歩き始めはとりあえず、ごくゆっくりしてみてはどうだろう。
 山歩きの本によく書かれているのは、歩き始めて20分で、消費エネルギーが糖から脂肪に切り替わるそうだ。
 それまではゆっくりのペースを保ち、余裕がありそうだったら徐々にペースを上げて行ったらどうだろうか。
posted by 高尾評論 at 21:39| 東京 ☀| Comment(0) | 苦手別対処法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

富士登山を稲荷山尾根でシミュレーション


 富士登山初心者の場合、吉田口か富士宮口から登る人がほとんどだろう。
 ここでは、高尾山口をこれら登山口の5合目に置き換えて考えてみる。

 高尾山口で電車や車を降りたら、トイレ、ストレッチ、身支度が待っている。
 暑い時期だから、水も飲んでおこう。
 途中で水を飲むのは面倒だし、飲んでもすぐに体中に浸み渡るわけではない。

 高尾山口からケーブルの清滝駅までが、吉田口や富士宮口でいうと5合目から6合目に相当する。
 いずれも、勾配があまりない、楽勝と思える道だ。
 この間に、靴やザックが調子悪かったら、もう一度調整しておこう。

 清滝駅の横から山道に入ると、いきなり急勾配になる。
 最初から階段になっているが、律儀に1段を1歩で登る必要はない。
 1段を2歩、3歩かけて登るようにしたい。

 見た目は階段だが、平らだと思われる部分も、よく見ると勾配がついていて、先の方が登っているのが分かる。
 なるべくピッチを小さくとって、登ることにしよう。
 一歩で登る標高差をなるべく小さくしたい。

 少し登ると、お稲荷さんがある平地に着く。
 この時点で、すでに呼吸が荒くなっていないだろうか。
 心拍数は1分間に120を超えていないだろうか。
 休みたい衝動に駆られないだろうか。

 もしそうだとすると、それは歩き方が悪いのだ。
 富士山の5合目から頂上を目指すとすると、この100倍近くの体力を必要とするのだ。
 そのペースで富士山に挑戦しても、頂上まで行けないか、途中で大休止を何度も取り、やっとの思いでたどり着くことになるだろう。

 ここまで何事もなく来られた人は、ここは休憩なしで、登ってほしい。

 ここまでで大変な思いをした人は、ピッチを小さくすることで、スピードダウンしてほしい。
 スピードダウンする方法は、1分間の歩数を少なくする方法と、1歩の歩幅を短くする方法とがあるが、迷わず後者を選ぼう。
 歩幅をそのままで、例えば平地で1分間に100歩進むところを60歩にすると、歩き方がダレて来るし、モチベーションも下がる。
 1分間に100歩を保ったまま、姿勢も正したままで、歩幅だけを小さくしたい。

 稲荷山尾根は、基本的には登りだけのハードなコースだ。
 富士山は吉田口の5合目から泉ケ滝までを除けば、登りが延々と続くコースだ。
 スケールの違いこそあれ、登り方にはそんなに違いはない。

 急勾配になったら、歩幅を縮め、緩くなったら歩幅を伸ばすのだ。
 階段が多い稲荷山尾根だが、注意深く足を乗せる場所を選べば、建築基準法で定められている階段の段差の23センチを超える場所は、1箇所もないはずだ。
 かなり急な場所に差し掛かったら、足踏みする要領でいい。
 健康な人なら、足をあまり上げずに足踏みするだけなら、疲れることはないはずだ。
 その要領で、少しだけ登ればいい。
 前へ進むというより、標高をほんの少しずつ稼ぐ意識で登ると疲れない。

 間もなく稲荷山展望台だ。
 ここまでの標高差は200m。
 富士山が1400mから1500mだから、7分の1くらいかと思うと、そう甘くはない。
 富士山の場合、絶対的標高が高いので、空気が薄く、上に行くほど効率は落ちる。
 気温の変化は激しいし、風も強いことが多い。
 まだ富士山の10分の1も登っていないと思った方がいい。
 高所に弱い人ならば15分の1といったところだろうか。

 できれば稲荷山展望台も通過としたい。
 景色を見る場合も水を飲む場合も、立って荷物を背負ったままにしたい。
 もちろん疲れていれば、休んで呼吸や心拍数が正常に戻るのを待つしかない。

 この先も登りが続くが、同じペースで歩いていても、先ほどよりも楽になってきた人もいるだろう。
 そのような人は、歩き方がいい訳だ。
 いわゆる体が慣れてきたわけだが、消費エネルギーが糖分から脂肪に切り替わったという説もある。

 頂上直下は階段の連続だが、決してペースは速めないことだ。
 富士山でも剣ヶ峰直下は一見楽そうで、急ぐとえらい目に遭う。

 さて、無事に高尾山頂に立つことができた。
 高尾山口からの標高差は400mちょっと。
 富士登山の5分の1弱と思おう。

 高尾山口から時間はどのくらいかかっただろうか。
 1時間半かかったのなら、富士山の登りは8時間以上を計画しておこう。
 富士山もシーズン中は高尾並みの渋滞がある。

 水はどのくらい飲んだだろうか。
 500cc飲んだのなら、2.5リットルは用意しておこう。

 靴連れがないか、肌着の着心地はどうか、ザックの背負い具合はどうか。
 直せるところは直しておこう。
 高尾でちょっと気になるところが、富士山へ登ったら大変不愉快になることもある。
posted by 高尾評論 at 21:03| 東京 🌁| Comment(0) | 富士山と高尾山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月04日

初めての富士山

本当はお勧めできない初心者の富士登山

正直言って、高尾評論では、高尾の次に富士山に登ることは、お勧めできない。
あまりにも標高が違いすぎるからだ。

富士山頂は、日本の他の山々と比べても群を抜いて高いので、高山病になる人が多い。
高山病になるかならないかは、遺伝子的な要素が強く、根性や経験ではどうにもならない場合が多いのだ。
極端な場合、高尾山口から陣馬山まで、4時間で往復できるような強者でも、富士山で高山病に陥る人はいる。

一般的には山小屋で1泊か、徹夜で登って山頂でご来光だろう。

もちろん例外はあるが、富士山の山小屋は一般的には評判が良くない。
すなわち、料金が高い、すし詰め、食事がまずいなどである。
これにはもっともな理由もある。
富士山の山小屋の営業時期は7月から9月上旬までで、他の山域の山小屋と比べても極端に短く、その間に利益を上げないとならないからだ。

では、徹夜登山はどうかというと、睡眠不足と高山病が一度に重なり、体調にとてつもないリスクが生じることも覚悟しておくべきだろう。

とは言っても、みなさんの中でも、富士山を計画している人は多いはずだ。
首都圏からのアプローチの良さ、そして何と言っても日本最高峰という誘惑には、勝てないものがある。

もし今シーズン、富士山へ登ることが確実ならば、富士山の道具を早めに揃え、それを高尾で実際に使ってみるといい。

高尾での練習は、体を鍛える事ではない。
今シーズンに富士山に登るのならば、今から鍛えようとしても、もう遅い。
1度や2度行ったところで、そう簡単に体力なんてつくわけないのだ。

しかし、高尾で登り方、下り方のコツが少しでも分かれば、富士登山に大いに役に立つ。
また、富士登山の際に遭遇することを事前に予想し、対処法をある程度身につけておくことも必要だ。

富士登山では、登りで疲れ切ったらアウト、荷物が重すぎてもアウト、寒すぎたらアウト、暑すぎてもアウト、飲み物がなくなってもアウトだ。
アウトと言っても下山するだけで済むのか、レスキュー隊のお世話になるのかは程度によるが、高尾を歩くことで、富士登山を模擬するわけだ。

富士山に登るのと同じザックを背負い、富士登山用の靴を履いて、高尾を登ってみよう。
無理がない程度に、ザックの中身も富士山と同じものとし、着るものも暑くない程度に富士山用のものを着れば、なおいい。
富士山へ行くメンバーをみんな集めて、高尾領域を登ってみよう。

富士山の主要4コース、吉田口、富士宮口、須走口、御殿場口と、お鉢巡りは、いずれもいわゆる難所がない。
高尾の主要コースを難なく歩ける人ならば、天候に恵まれたという条件付きだが、技術的には問題なく富士登山ができるはずだ。

富士山は、高尾と違い、良い登山サイトがたくさんある。
それらを見れば、コースの選び方、持ち物、登り方、下り方など、自分に合ったものが見つかるはずだ。
高尾評論が中で最も勧めるのは、ちょっとマイナーだが、
「富士登山をしてみたい! 〜富士山頂に最も近いサイト〜」だ。


高尾評論では、富士登山を、高尾の山歩きと比較することで解説する。

富士山と高尾が決定的に違うのは、次の点だ。

富士山は標高差が大きい

難所がないといっても、登り、下りが延々と続く。
例えば高尾山口から高尾山頂までの標高差は、ケーブルを使わずに行くと400mちょっとだ。高尾山域で最も標高差が大きいのは、陣馬山登山口から陣馬山頂までだが、それでも650mちょっとだ。
富士山では一番標高差が少ない富士宮口からで1400mある。

高尾の登りくらいで心臓も呼吸もバクバクしていたら、富士山ではどうなるのだろう。
標高差が高尾の数倍ある富士山で、気合いや根性だけを頼りにそのペースで登れば、決して頂上にたどり着くことはできない。

下りも、ドスンドスンと降りてはいないだろうか。
高尾ならそれでも登山口まで何とか降りられるが、富士山の下り途中で膝を痛めれば、大変なことになる。


富士山は絶対標高が高い

高尾では決して起こらない高山病という問題がある。
高山病の症状や対処方法は、富士山の優秀なサイトにたくさん述べられているので割愛する。
しかし、明らかに高山病とは言えないにしても、普通の人なら、低酸素のため、歩く効率が悪くなるのは確かだ。

高尾での標高差400mが富士山の頂上直下だと200mくらいに相当すると思ってよい。

富士宮口の頂上である浅間大社奥宮から、富士山の本当の最高点の剣ヶ峰は、ほんとうに間近に見える。
実際、標高差は60mちょっとしかないし、このくらいの勾配は高尾でもいくらでもある。
しかし、この馬の背を高尾の要領で登ろうとすると、自分でもびっくりするくらい疲れる場合がある。

お鉢巡りは、反時計回りがいい。


富士山は樹林帯がほとんどない

富士山の主要4コースのうち、樹林帯があるのは須走口の麓だけで、あとはすべて丸裸の地面がむき出しになっている。

全山樹林帯の高尾でも、登っているときと止まっている時では、体感温度が全く違うのはすぐに気づくだろう。

富士山だと、日光の影響をもろに受けることになる。
ガスが出ていて雨が降っている富士山は、長袖の上に雨具を着ていても寒いのに、一旦日が照ると、Tシャツ1枚でも暑いことがある。
これに、登り下りの体感温度の差や、夜行登山の条件を加味すると、寒暖の差は大変なものになる。

それから、強烈なのが日光だ。
標高が高く、ただでさえ紫外線が強い上、それをよける場所もない。
高尾山で少し焼けるような人は、
厳重に日よけ対策をしないと、
やけど状態になるだろう。
posted by 高尾評論 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | 富士山と高尾山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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